時の流れというのは残酷だし、誰にとっても等しい。

ついこの前まで学生だったと思っているし、そのときの景色はありありと思い出すことが出来る。

でも、自分も、友人も、相応の年の取り方をしているし、気持ちは変わっていないつもりでも体なりなんなり何かしらの変化はある。

だから様々なことも、迎えるべくして迎える時なのだろうと思う。

そう言い聞かせて、また新しい1日を迎えようじゃないですか。人には人の道があり、人それぞれの1日があるのだから。
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# by admiral-fukuchan | 2016-05-21 00:02 | 日常生活

戦艦武蔵発見!!


発:NHK「戦艦武蔵の船体発見か ネットに投稿」

これは大ニュース!大ニュースすぎて声が出た!!

大和型戦艦2番艦の戦艦「武蔵」…世界の戦艦史上最大の主砲:46cm砲9門を搭載した日本造船技術の結晶…。このニュースに言葉に出来ないものを感じます。

昭和19年にレイテ沖海戦において撃沈された、「武蔵」の船体は戦後70年経ってなお発見されておらず、潮流によって沈没地点から遠いところに行ってしまった、だとか、オカルト説だと沈降中に浮力が釣り合って海流で流され続けているなんて話まであったんです。

レイテ沖海戦の戦況、そして記録に残る限りの情報ですと「大和」よりは船体が原型をとどめているのでは、と考えています。(自分の理解不足なら申し訳ありません)

公開された艦首部分の菊花紋章、天地方向が画像の通りだったとしたら少なくとも艦首部分はかなりわかりやすい形で海底に眠っているでしょう。あとは艦中央部・艦尾部がどうなっているか…おそらく、上部構造物の中で主砲塔は転覆時に海底に落下したと思われますが(「大和」でも同様)…。

今後の調査、続報が待たれますね。これで様々な大和型戦艦の謎が少しでも明らかになれば…。



戦後70年という節目の年にやっと発見された、海の墓標。「武蔵」乗組員1000余柱の英霊をはじめ大東亜戦争最後の決戦であるレイテ沖海戦で散華された皆様にあらためて追悼の意を表します。
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# by admiral-fukuchan | 2015-03-03 23:03 | 歴史・国内外情勢

振り返って

ちょっと書かせてください。
美化して書くわけじゃなくって、今日あったことを忘れないために。






やってきたことが間違いじゃなかったんだな、と思えた。
自分が真正面からやってきたことをたった一人でも認めてくれたことが何より嬉しい。

今日の仕事場でのお話。

仕入先さんに電話したとき、馴染みの担当さんが出た。用件を済ませた後に、「◇◇さん、実はね、僕こんど異動するんですよ」と告げました。

そしたら電話口の向こうから「えーっ!!」という驚きの声が聞こえた。それも、電話口でもわかる、本気の驚きだったように思えた。

そのあと、異動の背景やら話しているうちに昔話になった。

その担当さんがいる仕入先さんは自分が入社して初めて先方に訪問した仕入先さんであり、初めて挨拶した担当さんがこの人だった。「だから今でも覚えてますよ」と言ったらその担当さんも初めて挨拶した時のことをよく覚えていてくれていた。

「当時、新入社員が入ったからって××さんが連れてきたのが○○さん(自分)でしたよね。覚えてますよ、その時のこと。あれからもう5年ですか。」と、昔話に花が咲き。

それから新型車立ち上げや震災、様々なプロジェクトやトラブルを乗り越えてきたけれど、こっちがいつもお世話になりっぱなしだったですね、と言うと担当さんは「何を言っているんですか!!○○さんのお蔭でどれだけ助かったことか!!」と言ってくれたんですよ。

もうね、ここで目頭が熱くなっちゃって。

入社して5年半、体当たりで進み続けて、こうやって異動になって改めて振り返ってみると結構いろんなことがあったなぁと。

でも、そんな中でこんな嬉しい言葉がもらえるなんて。自分の仕事が少なくとも間違ってなかったんだな、って思えたんですよ。こんな言葉をもらえるなんて本当に僕は幸せ者です。



電話を置いた後に5年半のいろんなものが脳裏を駆け巡って。

部署は異動するけど、一緒に仕事する人に認められる仕事をしたい。そして、今までお世話になった人に恩返しできるようにしたい。

新しい部署、新しい仕事、取り組むプロジェクトのでかさに不安は尽きないけれど、今日の思いを忘れないように取り組んでいきたいですね。
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# by admiral-fukuchan | 2014-10-21 22:46 | 日常生活

69年前の青空

全国がW杯で沸く中、試合はラジオで我慢しつつ北関東道をひた走り茨城県笠間市にある「筑波海軍航空隊記念館」 に行ってきました。
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映画「永遠の0」のロケ地にも使われた場所ですが、かつて各地に存在した海軍航空隊司令部庁舎がそのまま現存する貴重な場所です。訓練生から「鬼の筑波」と恐れられたこの基地から大東亜各地、そして沖縄での特攻へと若者たちが飛び立っていきました。
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近傍には司令部地下壕が残っていたり、かつての滑走路が生活道路になっていたりします。この一直線の道路から青空へ、戦地へ飛び立っていったんだな、と思うと切なくなります。

今日は元航空自衛官の方で父親が空母「赤城」「翔鶴」・戦艦「金剛」に乗組されていたという関口氏の講演会もあり、戦史解説やら父親が書き残した当時の戦況をつづった手紙などを紹介されていました。

戦争が終わって来年で70年。最近よく戦争遺産を巡っていますが、戦争の記憶が薄れるのは当然のこととしても、史料・建物など目に見える遺産が散逸したり、姿を消しているということ危機感を覚えます。この司令部庁舎も、実は取り壊しが決まっているのですが記念館を運営する団体が署名活動をして保存を訴えています。

このままでは、戦争の記憶を後世に伝えることすら出来なくなります。百聞は一見に如かず、なのです。

おととし米国でスミソニアン博物館等を巡りましたが、海外の戦争遺産に対する保存の力の入れようは日本とは段違いです。これは戦勝国だからなのでしょうか?日本は戦争に負けたから?負の遺産だから?こういったものが姿を消すんでしょうか?

それは違います。大東亜戦争は間違いなく日本人の戦争でもあった。日本人が背負い歴史として胸に刻むべき大戦争だった。海外諸国の戦争への評価についてとやかく言うものではありませんが、勝ち戦だろうと負け戦だろうと国の歴史としてしっかりと残していく、という姿勢は海外諸国ははっきりしています。

でも、日本は忘れようとしている。戦後の繁栄を否定はしません、むしろ肯定的です。お蔭でこんなに豊かな生活が送れるのですから。でも負けたことが繁栄に繋がった、とも言いません。しかし、これが少なくとも日本が歩んできた歴史です。

まるで戦争、昭和初期という時代が歴史から隔絶した暗黒時代かのように日本人がとらているのではないか、と思う時があります。

そうじゃない、確かに存在した歴史なのだと。日本人が、世界中の人たちが血を流した、戦争がたった70年前にあったのだと改めて思い出さなければなりません。

少々長くなりましたが…。

最寄り駅である友部駅は常磐線に乗れば東京(上野)から普通列車でも2時間かかりません。変な政治的バイアスにとらわれることなく特攻隊について知ることができる場所なので、興味がある方はぜひ訪れてみてください。おすすめです。
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# by admiral-fukuchan | 2014-06-15 21:04 | 歴史・国内外情勢

「永遠の0」観劇

平成25年最後の投稿は昨日観劇した映画「永遠の0」について。(長いよ)

涙腺の緩い小生、不覚にも何度も目頭が熱くなってしまいました。

もともと原作のファンなんですが、期待にたがわぬ内容でした。夏八木勲さんの遺作でもある本作ですが、夏八木さんが作中最終盤で言ったセリフが胸に残っています。逝去された方がいうから…というわけではありませんが、まるで遺言のような印象を受けました。...

あの時代を生きたすべての日本人に物語があり、これからも続く物語の中に我々がいます。しかし敗戦から半世紀以上経ち、我々はどれだけあの戦争の事を知っているのだろうか。劇中、三浦春馬さん演じる主人公の一人、健太郎の友達が言っていたように遠い過去の理解不能な出来事、ともいうべき認識しかないのかもしれない。

それじゃあだめだ。

ここのところ旅行先で戦争中の遺構や資料館をよく訪れています。最初は元々趣味でミリタリーなことが好きだから行っていました。しかし、最近はちょっと違います。敗戦から半世紀以上経ったいま見に行かないと無くなってしまうんじゃないか。見て、聞いて、伝えていかなきゃならんじゃないか。そういうように考えるようになったからです。

先日は山口県徳山市にある人間魚雷「回天」の資料館に行きました。

そこで目にしたのは、特攻に赴くにあたり書かれた家族などへの遺書。ひとりひとりに人生があり、20代を中心とした若者たちの文章には「天皇陛下万歳」「悠久の大義」という言葉の裏に隠された家族への痛烈な思いが垣間見え、彼らが何を守るために戦場へ赴いたかが伝わってきました。

特攻などという「統帥の外道」の作戦、いや作戦ですらない愚挙。それでも、戦場に赴いた若者たちの思いを我々日本人は忘れちゃいけない。そんな気持ちがこの映画を見てあらためて思い起こされました。

年末の最後の最後に長々とすみませんでした。平和に感謝し、来年が平和な年になるように。皆様、良いお年を。

http://www.eienno-zero.jp/index.html
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# by admiral-fukuchan | 2014-01-05 00:04 | 趣味全般

ありがとう山崎武司

ずいぶん久しぶりの日記更新になってしまいました…。

昨日行われた、今シーズン最終戦・山崎武司選手の引退試合を観戦してきました。

大好きな平田選手のHRや、山崎選手のヒットなど、大興奮の試合でしたが最後はあえなく惜敗。開幕の横浜戦も観に行きましたが、今シーズンは横浜に始まり横浜に終わった…と、言う感じでしょうか。

山崎選手の引退試合を勝利で飾ってやれなかったこと、これは残されたチームのみんなが重く受け止めるべきと思います。倍以上の安打を放っていながらも、詰めの甘いところが随所に見られました。

しかし、終戦後にスタンドから高木監督に浴びせられた罵詈雑言の数々は同じドラゴンズファンとして悲しく思いました。

敗軍の将が自らの責任を認め、大観衆の前で首を垂れる。2年間、確かに迷采配は多かったしBクラスの責任からは免れないが、一人の男が、それも血気あふれる歴戦の戦士が頭を下げることの重大さをファンはもっと真摯に受け止めるべきだ、と思いました。

続いての山崎選手引退セレモニー。試合中から山崎選手のひとつひとつのプレーへ大歓声が贈られ、このセレモニーで最高潮を迎えました。

実は昨日、ちらほら楽天ファンの姿がナゴドで見かけられました。普段応援するチームは違っても、同じ山崎武司という人間を、選手を愛し、わざわざ東北からいらっしゃったのでしょう。その事実に自分は感動したものです。

楽天では山崎選手が中心的な役割を果たしたと聞いています。その後輩たちが今年、球団初のリーグ優勝という栄冠をつかみました。引退スピーチでも東北のみなさんへの気持ちを山崎選手が語っていましたが、楽天は東北の希望の星になったのです。

方やドラゴンズも負けてはいられません。才能や行き当たりばったりではなく、考えてプレーする。山崎選手の教えを心に刻み、若竜たちの奮起を期待します。

そして、新監督のもと、今シーズンの屈辱を晴らして優勝、そして日本一をつかみ取ってください。

山崎選手、ありがとうございました。
高木監督、ありがとうございました。
そしてドラゴンズの選手の皆さま、ありがとうございました。

長い、長い冬がきます。
でも、その先に必ず春があります。

その時まで今は雌伏の時です。来年は逆襲です。
1年間、おつかれさまでした。
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# by admiral-fukuchan | 2013-10-08 00:10 | 趣味全般

わからない

人を愛するという感覚が判らない。

幸せな人が、その想い人への想いを言葉なり行動なりで示しているのを見た時、自分の感覚に落とし込むことができない。

それなりに人を好きになったこともある。でも、冷静になって考えてみると自分からの一方的な想いだったり、舞い上がっているだけだったりして、到底「愛する」という境地には達していないと思う。

カッコいいことを言っていても、それは自分を鼓舞し、騙しているだけ。

だから自分自身がたまに欠陥品だと思う時がある。人としての感覚が欠如してるんじゃないかと。1人で熱狂はできても、共に歩むことができない。

他人にやさしいように見えても、それは嫌われるのを恐れているから。だから誰にでも良い顔をする。ただやさしいだけじゃ、人はふりむかないのに。

本当に身命を賭して想う人に出会えるのだろうか。出会える?違うな、出会えたとしても、そう想うことができるか?

わからない。
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# by admiral-fukuchan | 2013-06-15 04:07 | 日常生活

三つ子の魂

お人よしは何処まで行っても、お人よし、か。

なら…それを究めてみるのも悪くない。


俺ほどの人間が、無粋な、悪意を以てして人の不幸と自分の幸せを祈るか?

そんな無様なことできるか!!

俺は自分の為に友に尽くすのだ。

そうだ、友の喜ぶ顔こそ俺の幸せなのだ。

たかだか26年ばかりの人生で出した答えだが、この答えを終生忘れんぞ。
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# by admiral-fukuchan | 2013-01-05 20:16 | 日常生活

感謝

出会えて本当に良かったと言える人がいるということは幸せな事。

溶けゆく思考の中で、散り散りに乱れる言葉の中で、ただ一つ、確固たる言葉。

それは、「感謝」。

本当にありがとう。俺は救われたよ。そう心に言い聞かせて。

*****************************

何年も何年も思考したことを一朝一夕で決着をつけることなんて出来ない。

しかし、いつか決着はつけなければならなかったのだし、この結末はいつか迎える結末だったのだ。

今のこの乱れる思考も、いつか通過しなければならない思考だったのだ。

かの人は俺をその思考へ突き落さず、手を携えて顔を向けてくれた。

そんな感じがする。だから、きっと、俺は救われたのだ。
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# by admiral-fukuchan | 2013-01-05 01:24 | 日常生活

平成24年に訣別

久々の更新、当館へ訪問する人など絶えて久しいと思いますが、こうしてまた今年も1年くれようとしている中で今年最後の交信をば。

齢を重ねるにつれて、1年1年が過ぎゆくのが早く感じるようになっています。もちろん、楽しい思い出、悲しい思い出、いっぱいあります。けれども、そういうことも人生にはあるさ、と少しは落ち着いて考えることができる程度には年をとったということでしょうか。

しかし、相変わらず思うのは「縁」に恵まれたという事。特に今年は、年下の方とのかかわりあいを意識する年でした。

仕事では我が課に新人が入職し、指導教官を拝命しました。仕事という、いままで全く違うバックグラウンドを形成してきた人たちが集まる場所で、どのように後輩にかかわっていけばよいのか、いまも手探りな部分はあります。けれども、彼が考えている事を聞いてみると、自分の1年目を思い出しますし、あぁ、やっぱりそう思うんだと、少し安心した部分もあったりと、実に様々な発見をしました。彼の独り立ちの日までは、この会社は辞められないかな、と思っています。

また大学時代のサークルや高校時代の部活動など、OBとして関わることも多かった1年でしたが、現役のみんなが一生懸命「音楽」を楽しんでいる姿、そして我々が先輩方から受け継いだ「血」が今も脈々と生き続けていることを垣間見た時、無性に感動したことが多々ありました。

先人から子孫へ。時が過ぎゆく中で、自分という1人の人間が新たに生み出せることはほんのわずかなことかもしれません。しかし、少なくとも、先人の1人1人が少しずつ生み出し、育み、積み重ねてきたことをしっかりと子孫に伝えていくことはできるはずです。我々は、少し生み出せばよいのです。そうやって、歴史は積み重なってゆくのです。

そんなことを思いつつ、来年もまた「縁」を大切にして生きていきたいと思います。

それでは皆様、あとわずかではございますが、良いお年を。

これを以て平成24年への訣別とする!
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# by admiral-fukuchan | 2012-12-31 23:30 | 日常生活

変わり者が綴る備忘録。


by admiral-fukuchan