Egmont overture
最近、ベートーヴェンの「エグモント」序曲にハマっている。
まぁ百文は一聴にしかずなので、まずはこちらのyoutubeをご覧いただきたい。演奏はベルリン・フィル…そして指揮はかのヘルベルト・フォン・カラヤンである。
冒頭のTpでお分かりかと思いますが、倍管、つまりはTpをはじめとする管楽器が倍以上の人数で演奏しています。カラヤンはこれが好きだったらしく、結構こういうものを見受けます。
しかし、その後に続く悲壮感に満ちた展開。断頭台の露と消えたエグモント伯の生涯を現した劇音楽の序曲にふさわしく、重い響きとクライマックスに迎えるトランペットの咆哮は彼の死がオランダ独立の礎になったことを表現している。
この曲を支配している暗く地に響くようなチェロ・コントラバスのゆったりとした音楽の力と言ったら…。ヴァイオリンが半音ずつ下がる音型を弾きながら、音域が次第に上がっていくところも素晴らしい…。
私がベートーヴェンが偉大な音楽家であったことを初めて、しかも雷を撃たれたように気づかされた曲がある。それは交響曲第7番第2楽章。不滅のアレグレットとも評される第2楽章。そして交響曲第7番は特に「リズムの権化」と言われる。
曲全体を強烈なリズムが支配しており、一音一音着実にずしりとリズムを刻み音楽の推進力を自然に湧き上がらせるような演奏。とても暗く、ともすれば陰鬱に悲壮に聞こえてしまいそうなメロディーラインなのに、何故これほどまでに力が湧いてくるのか?初めて聴いたときに本当に衝撃を受け、聴き終わったときには「素晴らしい曲に出会えた…!」と無性に感動したものだ。
そしてこのエグモント序曲は、私が交響曲第7番で感じた感覚を蘇らせてくれた。同じベートーヴェンの作曲だから当然なのかもしれないが、どうして彼の曲は一見悲壮感に満ちて暗いメロディーなのにこれほどまでの力を内包し力強く進んでいくのか。
余談だが、かの20世紀最高の指揮者の1人であるレナード・バーンスタインの指揮した映像もyoutubeで拝見したが、暗譜ではなく指揮台にスコアを置いて指揮していることに気付いた。それは、ベートーヴェンの作品が他の作曲家の作品ではありえないほどに「遊ぶ」余地のない、指揮者そして演奏者たちを引き締めざるを得ない何かを持った音楽であったことを示していると自分は思う。上記のベルリン・フィルの演奏映像でも、演奏者たちの顔つきが他の演奏とはまるで違うように思えるのだ。
以前はベートーヴェンはあまり好きではなかったのに…今ではこれほどまでの曲をかける人間が今後出現するであろうか?すら思う。年を重ねるだけでも音楽を感じる感性が変化することの証拠なのだろうか。
あぁ、生の演奏を聴きたい。日々の生活に音楽が素晴らしい潤いを与えてくれることを最近痛感しております。久々に良い音楽に出会えたことの記念に、少々書かせていいただきました。
まぁ百文は一聴にしかずなので、まずはこちらのyoutubeをご覧いただきたい。演奏はベルリン・フィル…そして指揮はかのヘルベルト・フォン・カラヤンである。
冒頭のTpでお分かりかと思いますが、倍管、つまりはTpをはじめとする管楽器が倍以上の人数で演奏しています。カラヤンはこれが好きだったらしく、結構こういうものを見受けます。
しかし、その後に続く悲壮感に満ちた展開。断頭台の露と消えたエグモント伯の生涯を現した劇音楽の序曲にふさわしく、重い響きとクライマックスに迎えるトランペットの咆哮は彼の死がオランダ独立の礎になったことを表現している。
この曲を支配している暗く地に響くようなチェロ・コントラバスのゆったりとした音楽の力と言ったら…。ヴァイオリンが半音ずつ下がる音型を弾きながら、音域が次第に上がっていくところも素晴らしい…。
私がベートーヴェンが偉大な音楽家であったことを初めて、しかも雷を撃たれたように気づかされた曲がある。それは交響曲第7番第2楽章。不滅のアレグレットとも評される第2楽章。そして交響曲第7番は特に「リズムの権化」と言われる。
曲全体を強烈なリズムが支配しており、一音一音着実にずしりとリズムを刻み音楽の推進力を自然に湧き上がらせるような演奏。とても暗く、ともすれば陰鬱に悲壮に聞こえてしまいそうなメロディーラインなのに、何故これほどまでに力が湧いてくるのか?初めて聴いたときに本当に衝撃を受け、聴き終わったときには「素晴らしい曲に出会えた…!」と無性に感動したものだ。
そしてこのエグモント序曲は、私が交響曲第7番で感じた感覚を蘇らせてくれた。同じベートーヴェンの作曲だから当然なのかもしれないが、どうして彼の曲は一見悲壮感に満ちて暗いメロディーなのにこれほどまでの力を内包し力強く進んでいくのか。
余談だが、かの20世紀最高の指揮者の1人であるレナード・バーンスタインの指揮した映像もyoutubeで拝見したが、暗譜ではなく指揮台にスコアを置いて指揮していることに気付いた。それは、ベートーヴェンの作品が他の作曲家の作品ではありえないほどに「遊ぶ」余地のない、指揮者そして演奏者たちを引き締めざるを得ない何かを持った音楽であったことを示していると自分は思う。上記のベルリン・フィルの演奏映像でも、演奏者たちの顔つきが他の演奏とはまるで違うように思えるのだ。
以前はベートーヴェンはあまり好きではなかったのに…今ではこれほどまでの曲をかける人間が今後出現するであろうか?すら思う。年を重ねるだけでも音楽を感じる感性が変化することの証拠なのだろうか。
あぁ、生の演奏を聴きたい。日々の生活に音楽が素晴らしい潤いを与えてくれることを最近痛感しております。久々に良い音楽に出会えたことの記念に、少々書かせていいただきました。
# by admiral-fukuchan | 2010-01-20 23:40 | 音楽関連 | Comments(2)














皆々様、新年おめでとうございます。皇紀2670年/平成22年を迎え、本年も旧来と変わりなく当館及び小生をよろしくお願いいたします。